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AIチップを支える日本素材の財務実態 — 味の素・TOTOの業績と半導体事業の収益構造(続編)

💡 この記事のポイント

  • 味の素のABFフィルムを含む「ヘルスケア等」セグメントは、全社売上高の21%に対して全社事業利益の20%を占める。電子材料部門単体の事業利益率は50%超に達し、食品事業の平均を大きく上回る高収益構造
  • TOTOの先端セラミクス(新領域事業)は、2025年3月期に売上高505億円(前年比+38%)、営業利益200億円(同+82%)を達成。売上は全社のわずか7%なのに、全社営業利益の約42%をこの事業が稼ぐ
  • 味の素は2030年に向けてABF生産能力を1.5倍に増強(年間設備投資1,100億円超)。TOTOは「中期的に数十倍の受注が見込める」として29億円を投じた増産体制整備を完了
  • 中長期リスクとして、積水化学のABF代替材、Intelのガラス基板技術、中国国産化の動きが存在するが、30年超の技術蓄積と顧客認定の壁により、2030年代前半まで大きなシェア変動は起きにくいと見ている

技術がすごいのは分かった。では、実際どれだけ儲かっているのか。前回記事(「AIチップを支える日本の素材技術 — 味の素・TOTO・半導体材料14品目の構造的優位性」)では、味の素のABFフィルム(半導体パッケージ基板に使う絶縁フィルム)とTOTOの静電チャック(静電気でウエハーを吸い付けて固定する部品)が、NVIDIA・TSMCのAIチップづくりに欠かせない存在であることを書いた。この記事では、その続きとしてお金の話に踏み込む。半導体関連の事業が各社の売上と利益にどれだけ貢献しているのか、設備投資と今後の見通しはどうなっているのかを、直近の決算データをもとに整理する。

1. 前回記事の振り返りとこの記事の位置づけ

前回記事では以下の事実を確認した。①味の素のABFフィルムは高性能GPU向け絶縁基板で世界シェア95%以上を独占する、②TOTOの静電チャック(ESC)は、エッチング装置(ウエハーの表面を削る半導体製造装置)に欠かせない部品であり、3D NAND(記憶素子を縦に積み重ねるメモリー半導体)製造の低温エッチング工程でとくに重要な役割を担う、③日本は半導体製造に必要な14品目以上の材料で世界の過半数シェアを握る。

しかし「技術的に重要」であることと「財務的に重要」であることは別問題だ。事業規模が小さければ、技術的独占があっても株式市場や経営全体に与える影響は限られる。この記事では、両社の最新の決算データを使って、半導体関連事業がどれだけ稼いでいるのかを数字で確かめる。

2. 味の素(2802)の事業構造と半導体関連の収益インパクト

事業セグメントの構成

味の素の事業セグメントは「調味料・食品」「冷凍食品」「ヘルスケア等」の3区分で報告される。半導体関連のABFフィルム(味の素ファインテクノ:AJT社が製造)は「ヘルスケア等」セグメント内の「ファンクショナルマテリアルズ(電子材料)」として計上されており、医薬品開発製造受託(CDMO)事業と同一セグメントに括られている。

この区分のため、ABFフィルム単体の数字を開示資料から直接読み取るのは難しい。ただし、複数の決算説明資料やアナリストレポートをつなぎ合わせれば、電子材料部門の採算はかなり高い精度で推計できる。

2025年3月期(2024年度)の実績

味の素 2025年3月期 セグメント別業績

セグメント売上高構成比事業利益構成比
調味料・食品9,043億円59%1,146億円72%
冷凍食品2,897億円19%80億円5%
ヘルスケア等3,283億円21%317億円20%
その他・消去82億円1%50億円3%
合計1兆5,305億円100%1,593億円100%

出所:味の素 2025年3月期決算短信(IFRS)

ヘルスケア等セグメントの売上高は前期比+11.5%(338億円増)、事業利益は前期比+30.4%(74億円増)を達成した。この成長の主因は電子材料(ABFフィルム)の増収効果とされている。セグメント全体の事業利益率は9.7%だ。ただ、電子材料部門単体に限れば利益率は50%を超えるとされ、同じセグメントに入っているCDMO部門を大きく上回る。つまり、ヘルスケア等セグメントの利益の過半は電子材料が稼いでいる。

電子材料単体の推計収益

複数の情報源によれば、2024年度の半導体素材ビジネス(ABFフィルムを中心とする電子材料)の売上高は約765億円、事業利益は約402億円(利益率52%超)であったと推計される。この規模は「ヘルスケア等」セグメント全体の売上高3,283億円の約23%にあたる。一方、事業利益では317億円の130%超に相当し、セグメント合計を超えてしまう計算になる。つまり、同居しているCDMOは赤字か、ごく薄い利益しか出ていないことになる。

電子材料(ABFフィルム中心)の推計財務インパクト

指標2021年度(実績)2024年度(推計)変化
売上高約605億円約765億円+26%
営業利益約289億円約402億円+39%
営業利益率47.8%52%超利益率改善

※推計値を含む。出所:決算短信・決算説明会資料・各種報道の情報を総合

2026年3月期(2025年度)の動向

2026年3月期第3四半期(4〜12月)の累計売上高は1兆1,641億円(前年同期比+1.1%)、事業利益は1,459億円(同+5.6%)だった。ヘルスケア等セグメントでは、電子材料の増収効果により事業利益が前年同期を上回る水準が続いており、AI向けサーバー投資の拡大とPCサーバーの緩やかな需要回復が追い風となっている。会社側の通期予想では売上高1兆6,000億円、事業利益1,810億円(前年比+14%)を見込む。

3. TOTO(5332)の事業構造と先端セラミクスの財務貢献

事業セグメントの構成

TOTOの事業セグメントは「日本住宅設備事業(日本住設)」「海外住宅設備事業(海外住設)」「新領域事業」の3区分で報告される。半導体製造装置向けの静電チャック(ESC)やADコーティング(エアロゾルデポジション)部材は「新領域事業」に計上される。

TOTOの場合、新領域事業の内訳として「先端セラミクス(半導体製造装置部品)」が実質的にほぼすべてを占めており、住設事業とは明確に分けてセグメント報告されている。おかげで、味の素よりも正確に数字を追える。

2025年3月期(2024年度)の実績

TOTO 2025年3月期 セグメント別業績

セグメント売上高構成比営業利益構成比
日本住設4,813億円約66%219億円約45%
海外住設(米州・アジア・中国等)1,927億円約27%66億円約14%
新領域(先端セラミクス)505億円約7%200億円約42%
合計(概算)約7,245億円100%約485億円100%

出所:TOTO 2025年3月期決算説明資料。新領域売上高・利益は各種報道ベースの推計含む

新領域事業(先端セラミクス)の売上高は前年比38%増の505億円、営業利益は前年比82%増の200億円を達成した。営業利益率は約40%と、日本住設の4.5%、海外住設の約3.4%を大幅に上回る。売上は全社のわずか7%なのに、全社営業利益の42%をこの事業が稼いでいる。

TOTOセグメント別利益率の比較

セグメント営業利益率利益貢献(全社)
日本住設約4.5%約45%
海外住設約3.4%約14%
新領域(先端セラミクス)約40%約42%

2026年3月期(2025年度)第3四半期の動向

2026年3月期第3四半期(4〜12月)の累計では、全社売上高が前年同期比+0.9%と横ばい推移の中、純利益が前年同期比37%増と大幅増益となった。セラミクス事業が好調を維持する一方、中国大陸事業は減収赤字が続いており、セラミクスが住設事業の苦戦を補う形が続いている。通期予想は売上高7,345億円(前年比+1.4%)、営業利益490億円(同+1.1%)。新領域事業は半導体市況の需要伸長に伴い、引き続き増収増益が見込まれる。

4. 両社の収益構造比較:「稼ぎ頭」の実態

両社の半導体関連事業を数字で並べてみると、性格の違いがはっきり分かる。

味の素 vs TOTO:半導体関連事業の財務比較(2025年3月期)

指標味の素(電子材料)TOTO(先端セラミクス)
半導体関連売上(推計)約765億円505億円
営業利益率50%超約40%
全社売上に占める比率約5%(全社売上比)約7%
全社利益に占める比率約25〜30%(推計)約42%
前年成長率(売上)+26%(推計)+38%
前年成長率(利益)+39%(推計)+82%
世界シェア(主力製品)ABFフィルム:約95%ESC:高シェア(非公開)

※味の素の電子材料推計値は複数の情報源から算出。両社の数値は単純比較であり、会計処理の違いがある点に留意

利益率では味の素(50%超)がやや上だが、会社全体の利益への依存度ではTOTO(42%)の方が大きい。TOTOにとって先端セラミクスはもう「副業」ではなく、会社の収益を左右する本業になっていると、個人的には見ている。

一方で味の素は食品事業が全社利益の72%を担う多角化企業であり、ABF事業が低迷しても食品・CDMO事業でリスクを分散できる。この違いで、投資家がどちらを「半導体株」として値付けするかも変わってくる。味の素は食品会社として、TOTOは住宅設備の会社として分類されることが多いが、実態はどちらも「半導体素材会社」としての顔を急速に強めている。

5. 設備投資計画と生産能力の増強

味の素:2030年に向けた生産能力1.5倍化

味の素は2030年に向けて、ABFフィルムの生産能力を現在の1.5倍(50%増強)にする計画を公表している。2025年度(2026年3月期)の設備投資額は1,100億円を超える規模で、うち相当部分がABFを含む電子材料分野に充てられる。

生産拠点は現時点で群馬(伊勢崎)工場と川崎工場の2拠点体制。高性能GPU向けのハイエンド品と、汎用サーバー・PC向けの量産品の両方を作っている。AI需要がハイエンドだけでなく汎用市場にも広がってきたことが、増産計画の背景にある。

需要見通しとして、クラウド大手(Microsoft、Google、AWS、Meta等)の設備投資は2025年に前年比60%以上増加し、2026年も30〜40%増が見込まれる。TSMCのCoWoS(複数のチップを1つに束ねる組み立て技術)の生産能力は、2026年末に月産130,000枚(ウェハ換算)まで拡大する予定だ。TSMCがCoWoSの生産を増やせば、その分だけABFフィルムも売れる関係にある。

2025年度
設備投資1,100億円超:電子材料・食品の両分野に投資。ABFフィルムの生産設備増強を継続実施
2026年度
電子材料売上高16%成長目標:AI向けサーバー・PC需要の持続と汎用サーバー回復を背景に大幅増収見込み
2030年
生産能力1.5倍化完了目標:群馬・川崎の既存拠点拡張により需要増加に対応。国内2拠点集中という地政学リスクも継続

TOTO:「数十倍」を目指す積極投資

TOTOは先端セラミクス事業に対し、2026年3月期までに累計29億円の開発・増産投資を実施した。同社の幹部は「中期的に数十倍の受注が見込める」と語っており、現状505億円規模の売上が将来は大きく膨らむ余地があるという見立てだ。根拠は3D NANDの進化にある。記憶素子を積み上げる層の数が200層超から300層超へ増える。すると低温エッチング装置(Lam Research製等)の需要が急増する。装置に載る静電チャックの需要も、その分だけ増える見通しだ。

長期経営計画では2030年度の売上高1兆円超(従来900億円から上方修正)、営業利益率12%以上を目標に設定している。この成長を引っ張る役目を担うのが先端セラミクスだ。日本の人口減少と住宅着工数の減少で住宅設備の市場は縮んでいくため、それをセラミクスで補う事業の組み替えが進んでいる。

TOTO 先端セラミクス事業の主要製品と用途

製品構成比(推定)主な用途主な採用装置メーカー
静電チャック(ESC)約70%3D NANDチャンネルホール形成、低温エッチングLam Research、Applied Materials
AD(エアロゾルデポジション)部材約20%エッチング装置の耐プラズマコーティング各社エッチング装置
構造部材約10%装置フレーム・支持構造各社

※構成比は各種報道・アナリストレポートに基づく推計

6. 競合・代替技術リスクの現状

ABFフィルムへの挑戦者

前回記事でも触れたとおり、味の素のABF独占には複数の挑戦者がいる。現状で現実的な脅威といえるのは以下の3者だ。

ABFフィルムに対する競合リスクの評価

リスク要因現状時間軸影響度
積水化学(日本)の代替材データセンター向けで20〜30%シェア獲得予測も2026年以降中程度
IntelのGlass Core Substrate(ガラス基板)ABF基板を代替する可能性。量産は未定2030年代以降長期的に高い
中国国産化(中国企業の開発)30年超の暗黙知の壁。現状は性能・歩留まりで大きな差不明(長期)現状は低い
米Thintronicsら新興企業高性能絶縁フィルムを開発中。採用事例は未確認不明現状は低い

いちばん現実味があるのは積水化学工業だ。同社のエポキシ系絶縁フィルムは、汎用サーバー・PC向けの一部で採用が広がりつつあり、2026年以降に20〜30%のシェア獲得を見込む声もある。ただし、味の素が押さえているのはハイエンドのAI・HPC(高性能計算)向けだ。汎用市場で競争が激しくなっても、ABF事業の収益がどこまで削られるかは、ハイエンド品と汎用品の売上の割合がどう変わるか次第になる。

Intelのガラス基板技術は、2026〜2027年の試験量産から本格量産は2030年代と見られており、ABFへの影響が出てくるまでにはまだかなり時間がある。味の素自身もガラス基板関連の研究開発に取り組んでおり、基板の主役がガラスに替わっても対応できるよう準備を進めている。

TOTOのセラミクス事業に対するリスク

TOTOの静電チャック事業の競合には、京セラ、日本碍子(NGK)、住友大阪セメントなどの国内セラミクスメーカー、および米国・韓国の装置関連企業がいる。ただし、物言う株主である英ファンドのPalliser Capitalが「5年モート」(モートは競合が追いつけない堀=参入障壁のこと)と評したように、Lam ResearchやApplied Materialsの装置に採用されてきた実績と、低温エッチング向けの作り込みは、競合が短期間で追いつけるものではない。

最大のリスクは、3D NAND市場の成長鈍化だ。韓国Samsung・SKハイニックスおよびMicronの3D NAND積層競争が想定より遅れた場合、低温エッチング装置の需要増加が鈍化し、TOTOの先端セラミクス成長にブレーキがかかる可能性がある。また、Palliser Capitalが求める先端セラミクス事業のスピンオフ(事業を切り離して別会社にすること)・独立上場には、2026年2月時点でTOTO経営陣は明確に応答していない。

地政学・規制リスク

日本政府は2023年以降、半導体製造装置の輸出規制を段階的に強化しており、TOTOのESCや味の素のABFが対中輸出規制の対象となる可能性がある。現時点ではこれらの材料・部品は規制対象外だが、米国主導の対中半導体規制が強まるなかで、規制の対象が広がる可能性は頭に入れておきたい。規制が強まれば中国市場の売上を失うリスクがある一方、日本の素材の戦略的な重みが増して国際交渉で有利になる面もある。

7. 今後の展望とまとめ

財務データが示す「見えない覇権」の実力

ここまで見てきたとおり、味の素とTOTOの半導体関連事業は「技術的に重要」であるだけでなく「財務的に重要」であることが数字で裏付けられた。味の素の電子材料は営業利益率50%超の高収益事業であり、TOTOの先端セラミクスは売上比7%にもかかわらず全社利益の42%を稼ぐ、効率のいい稼ぎ頭だ。

AI需要が続き、TSMCが先進パッケージングの能力を広げる限り、ABFフィルムと静電チャックの需要は少なくとも2027〜2028年にかけて伸び続けるだろう。設備投資計画の規模(味の素:生産能力1.5倍化、TOTO:「数十倍」の受注を見込む増産投資)を見れば、両社の経営陣がこの成長の持続を強く信じていることが分かる。

中長期的には、積水化学の参入、Intelのガラス基板、中国国産化といったリスク要因がある。ただ、30年超の技術蓄積、顧客認定をやり直す手間の壁、顧客の製品計画への深い組み込みを考えると、個人的には2030年代前半まで大きくシェアは動かないと見ている。自分なら、下に挙げた指標を四半期ごとに確認して、この見立てが崩れていないかをチェックしていく。

引き続きチェックしたい指標
  • 味の素 電子材料事業の四半期売上高・利益率(特に2026年3月期 第4四半期)
  • TOTO 新領域事業の2026年3月期通期実績(500億円台→さらなる拡大か)
  • TSMCのCoWoS月産能力の実際の拡大ペース(ABF需要の先行指標)
  • Lam Researchの3D NAND向け低温(クライオ)エッチング装置の受注・出荷動向(ESC需要の先行指標)
  • 積水化学 絶縁フィルムのシェア拡大実績(味の素への競合インパクト)
  • Palliser CapitalによるTOTO先端セラミクス事業のスピンオフ要求がどうなるか
  • Intelガラス基板の試験量産タイムライン(2026年〜2027年が節目)

※本記事は公開情報に基づく情報整理であり、個人の見解を含みます。特定の銘柄の売買や投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任においてお願いいたします。

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